2010年12月31日金曜日

年末の湯沐の旅

魔法のなんとか、という料理番組に紹介された料理を食べさせますというウリの企画を買って出かけた三人旅。
プライムリゾート賢島という名前のホテル。三度目の滞在だったか…

料理はまぁフランス料理プラス地場海鮮材料という組み合わせでまずまずか。
料理の紹介は別のところにする。


つい   とも
終生の朋友と湯に居て妻の年暮るる


わ  い    ひととせ      おゆ
湧き出でて一歳を問うか御湯の声




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2010年12月29日水曜日

本年の仕事納めでした。

掃除して仕事終わって、
インスタント珈琲で一服して、
ちょっと時間あるのでPCに試しにUBUNTU10.10をインストールして、
Cromiumブラウザを試して、
西太后の通訳だった女性についての本、文庫本のスタックから探し出して、
時間が来たので八尾アリオへみんなで出かけて、
お寿司特別セットを前にお茶で乾杯(みんな帰りは車運転なので)
お疲れ様良い年を、で別れて、
妹夫婦のところへ肉持参で押しかけすき焼きして、
おしゃべりしてたら雷雨と強風に囲まれて
窓の戸ががたがた言うのにちょっと怯えたりして、
久しぶりに法隆寺の傍を通って、
奈良を走り抜けて、
猿にもイノシシにも出会わずに帰宅して、
ぼくの今日という日が終って、
一年分の出来事を思い返していた。

明日は海辺のホテルで
温泉でほとびたからだを横たえて
文庫本片手にごろ寝できるのだ、楽しみです。
寒いらしいからもう片手にはワインでも持って。

できればネット環境の整ったホテルであるといいのだが。


『レオニー』の感想をまだ書いてない。忘れないようにメモしておこう。



別々で夫婦周作を読んでいる


柿不作 薄れ日を背に帰る 村


老酒はらおちゅうで変換できて窓吹雪


寒き村 猿さえ見えず 歳暮れぬ

2010年12月20日月曜日

                          なみ
 聴けやヤマト 辺野古に寄せる冬の波濤



 地図の上
 朝鮮国にくろぐろと
 墨をぬりつつ秋風を聴く      啄木


 日本の力ずくの興起が朝鮮人の苦難の始まりだった。
 琉球もまたそれより早く国内植民地的状況に置かれた。

 時に諦めに傾く揺らぎを見せつつも
 沖縄のヤマトへの鬱勃とした憤りは消えてはいない。
 金でも力でも抑え込めないウチナーの魂にこころを寄せる。


 坂の上に黒雲見えて年の暮
 

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2010年12月13日月曜日

師走を感じる雨の日


夢に遭ひ師走に惑ふ女坂

冷たい雨が降ってきた。
京都女子大は東山の斜面を上がる道の先。
その坂道は登下校時、妙齢の女たちでいっぱいだから
女坂というらしい。
雨月物語で有名な江戸時代の大阪の作家
上田秋成はこの坂の大学への上がり口の寺で眠っている。

卒論を書きかけのガールフレンドとその寺を訪ねたことがあった。
寺から出ると女性ばかりのの濁流(失礼)に呑まれそうになった。
そのときのガールフレンドも今はこの世の人ではなくなった。


2010年12月9日木曜日

カスタムドメインでHPとBlogを合体する

ここはGoogleのBloggerというBlogサービスであり、無料だしそっけないスタイルが気持ちよくて使っているのだが、日記としてBlogを使うには十分なのだろうが、使いにくいこともある。
固定ページも持ちたいがトップページにタブで出しておけるのは10個だけとかいった制限や表などをいれたい時の使い方などが覚えにくい。
 Googleにはサイトとかドクスとかカレンダーといったサービスがありそれを利用すれば表などもワープロ風に編集作成して保存できるし、便利だ。

ぼくはGoogle Apps というサービスでサイトとメールを、BloggerでBlogを利用し、ワープロ感覚でホームページを作っていきたいのだ。

どうにか形が出来始めたが早くも疲れている(笑)困ったものだ。

形よく見栄え良く(?)する意欲が減退しているようだ、とほほな状況だ。



2010年12月7日火曜日

蘆舎の朝

蘆舎の朝猿聲を背に豆腐煮る     
-----我が家の如きを蘆舎といへり


大雪の窓叩き笑む皃昏し       
----大雪はタイセツと読む 皃はカオ。


冬硝子のっと躯に入る太き肢      
----躯をミと読みたい、ムクロではなく。
----肢はアシと読む。

氷雨滂沱手前自慢の驢馬の耳 




秋過ぎ故人を懐う

----亡き河野裕子を悼む。

失せひとの迹隠しいらぬ雪ほろろ

----河野里子もあらためて亡ぜし感あり。

鳳仙花ぱんと弾けて迹隠し

2010年12月6日月曜日

自販機

自販機を抱かんと堕つ流星群


そらと惚け白衣に入る冬の蝶

2010年12月4日土曜日

初対面なのに旧友といえる不思議


 ドイツから友人がやって来た。
 普段ぼくの参加している小さなSNSでぼくの書く雑文によくコメントをくれる方で、調子が出ないと長期に「欠席」状態になるぼくにも、変わらないペースで接してくれるありがたい知り合いだなのだが、突然の来日で驚きました。 
 学会での講演を果たした後を思い立って各地のSNSの知り合いを訪ねて歩くという嬉しい計画を実行したわけ。
 それで東大寺と興福寺を一緒に散歩した。

 奥さんはフランス人で、同じ大学でのなれ初めと聞き、自分と同じとわかり一層親近感?が湧いた。
ご本人は四国の出身で日本人だが、東大寺が初めてであった。しかしこちらも、恥ずかしいことに正倉院の建物が公開されていることを知らなかった。こちらはこれが初めて。二人を案内したお蔭で正倉院を初めて見た(笑)のでした。

お互いに思っていたより話しやすいという感想を持ったようで、ぼくも彼ももういちど会いたいという気持ちで別れた。

次に帰国するときは是非また奈良へも立ち寄って欲しいものだ。
マックス・ウェーバーの研究などを専門としている社会学者らしいのだが
そういう方面の話がまったくできなかったのが少し心残りだし、ぜひまた話せる日があることを望む。

東大寺も工夫していこうとしているのか大仏殿の庭でミニコンサートをしていた。
「千の風になって」をバイオリンなど合奏で奏でていたが、聞いている人がほとんどいないのは可哀そうだった。印象は悪くなかったから。