2011年5月16日月曜日

為有  李商隠

為 有 雲 屏 無 限 嬌
鳳 城 寒 尽 怕 春 宵
無 端 嫁 得 金 龜 婿
辜 負 香 衾 事 早 朝

wèi yǒu yún bǐng wú xiàn jiāo
fēng chéng hán jǐn pà chūn xiāo
wú duān jià dé jīn guī xù
gū fù xiāng qīn shì zǎo cháo

雲屏(うんぺい)  雲母を散らしたあでやかな屏風。
            実は美人をいう間接の表現。
嬌(きょう)     
女性のコケットリー。愛嬌。
鳳城(ほうじょう) 
鳳凰の来る城(まち)=都、京城。
            具体的には長安。九重ともいう。
寒尽きて      
冬がおわっって。
春宵を怕る     
夜の短いことを怕(おそ)る。

            困るなぁという気分。
端なくも       
思いがけなく。
金亀         
高官にのみ与えられた金の亀形の帯留め。
香衾(こうきん)   
香を焚き込めたいい匂いのする掛布団。
辜負(こふ)     
そむくこと。背にして。
事(こと)とする   もっぱらにすること。

  雲屏に無限の嬌あるが為に
  鳳城に寒尽きて、春宵を怕る。
  端なくも金亀の婿に 嫁するを得たるも
  香衾を辜負して、早朝を事とせんとは

   女の器量が十分に備わっているせいで
   花の都に春が来たのに夜の短さを憂えねばならぬ。
   思いもかけず金亀を帯びる身分の高官の妻となったが
   なんということか、夫は香しいベッドを顧みず早朝に出仕してしまうなんて

閨怨詩の一種といえようか。
うら若い女性の孤独と哀怨の風情を詠う。
当て外れな状況として孤独な閨(ねや)を描写する。
道具立ては貴重な装身具の金亀や香衾。
季節は春情の季節、春の夜。宵は夕方でなく夜をいう字。
春宵の交歓と早朝の出仕の対比が趣向としてあるか。
鳳城は典故がある。杜甫の詩などにもでてくる。

春の長安の悩ましい夜の風情を詠っているのだが
李商隠は一筋縄ではいかない詩人で
この詩も政治的暗喩をもっているというひともあるらしい。

晩唐の詩は繊細華麗あるいは優艶。
退廃と散逸に近づいているようだ。
すこし難解な詩風。

本を並べて参照しながら作詞したことから李商隠は獺祭魚と綽名された。
獺(カワウソ)がとった魚を岩に並べ神祭りしてから食べるように見える習性を獺祭魚と言い、
書物に埋没する人士を獺祭の人というようになった。
最初の獺祭魚が李商隠である。
子規が獺祭書屋主人と号したところから9月19日の正岡子規の命日を獺祭忌という。
日本の獺祭魚詩人は正岡子規だ。

2011年5月15日日曜日

孫に飴を買ってやる詩

 
一銭    陸游

萬事紛紛不足論
滿庭枯草閉柴門
一錢留得終羞澀
持買餦餭引福孫


万事に紛々論ずるに足らず
庭に枯草満ち柴門を閉ざす
一銭留め得て終(つい)に羞渋(しゅうじゅう)
(じ)して餦餭(あめ)を買って福孫を引(いざな)


紛々というのは紛糾、紛争の紛だろう。紛乱だ。

些細なことが一杯。雑駁にある日々。
実態は貧乏なので忙しいのだ。
手入れも出来ない庭には

いつか雑草が茂り見苦しく枯れている。
こんな暮らしで訪ねて来る人のあてもない。

それを隠者風に柴門を閉ざすなんて言ってもみるが
実際は手元に今日残ったのは僅かな銭。
それでも、飴くらいは買えるぞと

孫を呼んで連れ立つとしよう。

こんな風に解釈できるように思うがどうか。
誘う(引う)をどう読むかだが、
飴を買ってきたので
「おいで、飴があるよ」と部屋へ孫を呼び入れるとも読める。
でもいっしょに買いにいこうと誘うほうが
いっそう楽しみはあるはずで
道連れの会話の楽しさは部屋でより多いと
陸游も感じただろうと勝手に決めて読んでみた。
 

2011年5月14日土曜日

現代にも顔回はいるのさ

やれやれGoogleのBloggerが回復。 





 131 子曰、 賢哉、回也、 一箪食、一瓢飲、在陋巷、 人不堪其憂、回也不改其樂。 賢哉、回也。 


子曰く。
賢なるかな、 回や。
一箪(たん)の食(し)、一瓢(ぴょう)の飲、
陋巷に在り。
人はその憂いに耐えざるに、回やその楽しみを改めず。
賢なるかな、回や。 



故高田渡(フォーク ミュージシャン)を何故か思い出す。 










 


孔子の高弟というと 
何だか後光が差してるような感じで 
想像が先走るが、 
実際は質素で温和で考え深い人。 

それに下町に住んで(在陋巷) 
一食は一椀の粗食と一瓢の(ワングラスの)ドリンク。 
(瓢箪を半分に切った椀というのも質素そのもの、というか貧乏って事) 

一生アパート暮らしで 

歌と酒を愛し 

人生を洞察しながら 

こよなく愛した様子の 

高田渡が顔回に重なって見えてしまう。 

わたしにも街暮らしへの憧憬が 

どこかに生まれているのかもしれない。 


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使民以時

耽読舎:老學餘塵 更新

論語:  5  子曰、道千乘之國、敬事而信、節用而愛人、使民以時。   


子曰く、
千乗の国を導くに、
事に敬して信あれ、用を節して人を愛せよ、民を使こうに時を以ってせよと。



孔子は「時節も弁えず人民を使役してはならん」と言っている。

風評被害の原因を作る政治をするものが安心だから買えというのも

見方によっては強制みたいなものか。

人民を振り回すのも使役の一種かと思うが。

2011年5月13日金曜日

春眠   孟浩然   

春眠不覺曉     春眠 曉を覺えず

處處聞啼鳥     處處 啼鳥を聞く

夜來風雨聲     夜來 風雨の聲

花落知多少     花落つること 多少なるを知る

中学生のときに習った詩だ。懐かしい。
一海知義先生だったか
ちょっと失念したが
味な解釈を見た記憶が…

調べてみよう。
朝寝の詩ということで…

今夜はここまでと。

 (続く)
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2011年5月11日水曜日

2011/05/10



 曇天を漂う光 羽虫 蜘蛛 


 空鉄砲 竹の子竹林で 呵呵大笑

               や
 たんぽぽ たんぽぽ 破れ塀のしたで苦い顔

        あま          ひと
 許す許す 雨足の遅さも 来た恋人も 


 五月雨をいまだけの恋をラッピンぐ


見上げる視線の先に光るものが見える。
晴れた日の空中は何かと賑わう。
羽虫だけでなく糸を伸ばして風に乗るちいさな蜘蛛や
蝶々や蜂、名前を知らない昆虫たち。
みんな陽に透けたり反射したり
輝きを曳いて飛んでいる。

まだ近所の竹林には竹の子が突き出している。

我が家のうちそとは塀を挟んで蒲公英のご乱行。

最後の2句は想像のあそび。

遣らずの雨ということを詠むでみようかと。

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  • #MoMAK 京都国立近代美術館、コレクション・ギャラリー、5月18日(水)・21日(土)は無料観覧日。 posted at 15:47:12

  • #Klee2011 #MoMAK 京都国立近代美術館、パウル・クレー展、5月15日(日)まで。平成22年度第5回コレクション・ギャラリー展は5月22日(日)まで。 posted at 15:45:39

  • #MoMAK RT @seibishou: 巡回のある各展覧会。「モホイ=ナジ/イン・モーション」 #MoholyNagy 「没後100年 青木繁展―よみがえる神話と芸術」 #Aoki_exh 「パウル・クレー展―おわらないアトリエ」 #Klee2011 posted at 15:42:07

  • #Moholynagy ◎ RT @masaya_ngi: カタログ図版見たら、予想以上によさそうだった。<<モホイ=ナジ展 posted at 15:41:20



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2011年5月9日月曜日

離島暮らしに似てきた

忙しい季節が終わって気抜けして
また出不精という悪い癖がもっどって来たようだ。

講座の類も休んだりしている。
体調はまあいいのだが
さまざまな事件の印象が強くて
それがじわーっと効いてきている感じだ。

毎年今の季節は
春から夏へと動いていく季節の凄さに圧倒されて
取り残されたーという思いをする。

たけのこを蹴って折り倒し
道を下っていくだけでもう疲れていく感じがある。

物凄くでっかい「春」という漢字を背負っているようなものだ。
なんだか酷く重いのだ。
ここは連休あたりでやっと春たけなわだ。
空中にいっせいに羽虫や蜂や蝶が舞い始めた。
にぎやかなしかしうっとおしい空。

たしか今「孫文の義士団」とかいう映画が掛かっているはずなんだが…
カンフー活劇だが時代の描写が見てみたいなと思う。

漢詩読みの師匠のことが
ずっと気になっていて
それで鬱々としていることもあるかもしれない。
はやくいい知らせが来ると良いが。

もうひとつ。
古い古い友人が突然
ケイタイにかけてきた。東京からだ。
もう交際は途絶えたように思っていた。
お互いに随分遠いところで暮らしているので
気心も知れなくなっているし、
まあそんなものか、向こうもそんなところだろう…
勝手にそう思っていたが
電話がかかって驚いたが…

それは彼の妻の逝去の知らせだった。
絶句に近かった。
知らせておきたい対象に私が入っているというのは
小さな驚きだった。
これだから人間商売はわからんことだらけなのだよ。

京都へでも集まってまた会おうかい…と彼は言う。
いいよと応える私がいる。
電話番号の相互確認。

去年は河野裕子さんが死んで、ことしは直以さんか。
ふたりとも自分の寿命を生ききったんだろうな。

娘と二人で居るとのことだが
寂しくなっただろうな

1961年の夏の彼の姿が
急に目に蘇ってくる

ちっとも何も変わってはおらんよ。
声といい口調といい
あのころのまんまだ、よ。ふふふ。

またその時がくれば会えばいいさ。


2011年3月16日水曜日

日本への同情、賞賛、そして原発の不安という感情

友人のBlogからの引用ですが…
アメリカでの報道の様子が垣間見えます。
人間同士の連帯はこのようにして生まれ育つということを…

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今日、JMM(Japan Mail Media)から配信された
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)氏の報告を紹介します。
サイトのアドレスだけにしようとしたのですが、まだサイトには掲載されてないので、コピーしました。

紹介なので、コメントは要りません。

 「アメリカは週明けの月曜日を迎えました。これまでの各局も「ぶっ通し」の報道体制でしたが、各テレビ局のエース級のキャスターが日本に入り、現地からの報道を開始したために報道の視点がグッと近くなり、「人ごとではないが外国の惨事」というトーンから「現在進行形の<私たちの悲劇>」というニュアンスに変わっています。
一言で言えば、様々な意味で感情的になってきているように思います。

 NBCは朝の『トゥディ』というニュース番組のメイン・キャスターの一人、アン・カリーをはじめとして4名以上の記者が入っていますが、中でもアン・カリーは甚大な津波被害を受けた南三陸町から生中継を行い、被害の状況を詳しく伝えていました。彼女は、海軍軍人のお父様に帯同して幼少期を佐世保で育っており、お母様が日本人の日系二世ですが、日本語でコミュニケーションしながら、それを極めて的確な表現で伝えていました。

 それはNBCの『ナイトリー・ニュース』という夕方のニュースでしたが、キャスターのブライアン・ウィリアムスが「これだけの被害に見舞われても日本人が冷静だというのは驚き(サプライズ)ですよね」と呼びかけると、カリーは「私は日本で育ったので驚きません。でも、今回は、インタビューすると多くの人が微笑みながら応対してくれながら、目には涙を浮かべているんです。これは私には初めての経験です」
と述べていました。その後のウィリアムスの表情は崩れそうでした。

 カリーが南三陸町に取材に入ったのは、キャノン・パーディさんという行方不明の米国人を探すためでした。彼女はALTとしてこの地の中学校で英語を教えており、任期を終わって一旦帰国したものの、教え子達の卒業式に是非参列したいと日本に戻って、南三陸に着いたその日に津波に襲われていたのです。通信手段のないまま、アメリカの家族は消息が確認できずにいたのですが、カリーはツイッターを駆使して彼女を避難所で探し出したのでした。番組の中では、衛星回線を使ってアメリカの家族と無事を喜び合うパーディさんのドラマが紹介されていました。

 実はこうしたALTの被災者というのは何人もあるようで、各局が避難所などで取材をしていますが、「自分は一緒に被災した人たちの支援をしたい」と言うアメリカ人も多いようで、それに対して「本当は帰ってきて欲しいけど、きっとそう言うだろうと思っていました」という留守家族の声なども紹介されています。

 CNNは人気キャスターのアンダーソン・クーパー、医療評論家で全米で最も有名な脳外科医であるサンディ・グプタ、そして社会派の記者ソリダート・オブライエンが主として宮城県から福島県を精力的に取材しています。クーパーも「大地震、大津波、原発事故と三重の大災害に見舞われながら、これだけ礼節が保たれ平静だというのは驚嘆するしかないです」と述べ、特に「非常用給水に長蛇の列を作っていた人達が途中で水が無くなってしまって、今回はダメだとなった時にももらえなかった人が誰も叫んだり暴れたりしなかった」シーンは衝撃だったと言っていました。

 募金活動も力が入ってきています。14日の晩のCNNにはアメリカ赤十字のゲイル・マクガワンCEOが小野洋子氏(ジョン・レノン夫人のヨーコ・オノ)と一緒に出演して、日本向けの募金を募っていました。小野洋子氏は「私は日本で戦災にあって、東京が焼け野原になったのを経験していますが、日本人は何もかもを失っても団結して苦難を乗り越える人々だと思います。でも、そのためには支援も必要です」と訴えていました。

 こうした報道の結果、アメリカ人は、ある意味で、日本人の喪失感や苦闘を自分のことのように経験しようとし、経験しつつあるのですが、そうした感情的なリアクションは別の形でも出ています。それは原発問題に関する議論です。一言で言えば「これだけ用意周到でテクノロジーの進んだ日本でも問題が起きるのだから」という理屈で、「アメリカの原発も総見直しが必要」というエモーションがじわじわと増大しているのです。

 NBCのブライアン・ウィリアムスによれば日本は「ハイパー・プリペアード・カントリー」つまり「超用意周到な国」であるという表現を使い、今回の福島第一原子力発電所の事故に関しても極めて同情的でした。これほどの惨事にも関わらず、情報の錯綜に関する批判はあっても、事故を起こしたことへの批判はほとんどありません。そうした認識が、逆に「日本でもこうなったのだから」原発一般が心配だというムードになっているのです。アメリカの月曜日は、日本への同情、賞賛、そして原発一般への不安感という「感情論」に覆われていたと言えるでしょう。」

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向こうではこんな具合に見ているのか…