2014年8月5日火曜日

俳句 些かなる貯金下ろすや蝉時雨

#俳句



 些かなる貯金下ろすや蝉時雨

 海暮れて小さき雷の渡りけり

 西瓜切る夏へこころの旅せしか

 天道虫雪子の指の白きこと

 酸漿や数へ直すもつみはつみ

 #haiku #yoshidam #jhaiku #fhaiku #kigo

 #季語 #蝉 #雷 #西瓜 #天道虫 #酸漿

俳句  いのちこそ消え垂んなんと又花火

#俳句



 いのちこそ消え垂んなんと又花火

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  垂んなんとす=なりなむとす

俳句 庭花火終りし闇が残りけり

#俳句

 庭花火終りし闇が残りけり


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俳句 大暑なり犬痩せ犬の顔をして

#俳句 



 大暑なり犬痩せ 犬の顔をして

 草いきれ白きてふのみ遍在す

 ツラ憎きひと来去らざり夏の道 


 #haiku #jhaiku #fhaiku #季語 #kigo #yoshidam #夏日 #大暑 #草いきれ

俳句 もの盗む子も混じりたり夕焼けて

#俳句



  烈日や匂硝子を擦りて嗅ぐ

  夏の雲何も要らないから父を

  もの盗む子も混じりたり夕焼けて

 #戦争の記憶 戦災孤児たちとほぼ同世代。

 匂硝子(においがらす)は今のアクリル樹脂だろう。 木
ぎれに擦り付けると甘い匂いがした。
焼け跡のがらくたのなかから見つけ宝物だった。

 辞書には載っていないスラングかジャーゴンにあたる幼児語かも。
俳句に使うことばではないだろうが敢えて。

勿論戦争は知らない。
 だが戦争の傷跡の記憶ならいっぱいある。
それを忘れず思い出すことに意味がある時代になったようだ。

 だから下手でも書いて置きたいと思っている。

 戦災で親を亡くした子供は他人事ではなかった世代。
母方の祖父母は店も家も大空襲で失った。
もし大正区で同居していたらどうなっていたか分からなかった。

 子供時代は近所の子はみな一緒に遊んでいた。
 年齢の違い男女の違いも問題にならない遊びもあった。
年上の子は年下をフォローできていた。
 悪い子もいたがそんな子が年下には優しかったりした。

何が美であるか不分明な時期を生きていた少年期。
 手品のような悪事に目を見張り胸をとどろかせ
大きくなってから不思議な気持ちでその子らのことを思い返した。
ハックルベリーもトムソーヤーも傍にいたのだった。

 思えば詩が土の上で発酵しているような場所があった。1950年前後。

ちょっと触るくらいしかできない記憶の塊。

匂いガラス:http://gozou.nicomi.com/memo/etc/01.html
同名のドラマ:http://youtu.be/QBURu95vEo8


 .

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俳句  もしか夕焼けと振りむく時ひとり

#俳句

  もしか夕焼けと振りむく時ひとり








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俳句 原発止めて




  原発を止(や)めてと浴衣子と母と


  イチエフよ真夏の夜の夢ズシリ





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山郷は谷の掛樋の絶え絶えに水恋鳥の声聞ゆなり

#西行

 山郷は谷の掛樋の絶え絶えに水恋鳥の声聞ゆなり

 やまさとはたにのかけひのたえたえにみつこひとりのこゑきこゆなり

 #saigyo #tanka #jtanka #短歌

 みずこひとり:赤翡翠(あかしょうびん)のことという。

「平和のために」戦争に備えろという少年教育を市教委が後援


  未来へ繋ごう平和の絆、だって?

  戦車や大砲や戦闘機や軍艦が平和のシンボルか~

  「戦争呆け」した頭には凸レンズの像のように

  全てが逆立ちして見える。


2014年7月15日火曜日

俳句 荷花に附く胡蝶の思慕や東大寺





#俳句 

荷花に附く胡蝶の思慕や東大寺

                     
やま
泥中の蓮 蓮なりき 今や疾(

恋の窪バス停の午后を蓮咲いて


葉を揺らす風も及ばず蓮しづか


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