なんとも素っ気ないが、それが好感になる。
Jottitドットcomはそんなサービスだ。
ネット上のメモ帳がそのまま自分のWebサイトになる。そんな感じ。
文字を体裁付けるのは、マークダウン記法という、
HTMLのタグに似たもっと簡略な記述法。
強調文字は*を付けて書く。たとえば
これは*最高です
は
これは最高です
のように表示される。
これは*最高*です
とすれば
これは最高です
と
表示される。
Wikiがこのような記法だそうだが
葉書一枚か便箋一枚にまとめられるルールで
ページをレイアウトできたら、確かに便利だね。
![[写真A]]{http:// *********/*****/***.jpg}
写真は上のように記述するのだ。ただしサイズの指定はないみたいだ。
面白いのは、http://jottit.comで
いきなり自分のサイト名を求められ、作成するのだが、
幾らでも作れそうなこと。
すべてhttp://*****.jottit.comという形のようだが。
いまhttp://ahona.jottit.comを作ったとして、
次々に作るページは
http://ahona.jottit.com/*****などの形になるんだろうか?
もし、新しいサイトをhttp://sonna.ahona.jottit.comとしたら
それでも作成できるのだろうか。
やってみよう。
2007年11月14日水曜日
2007年11月13日火曜日
朋アリ遠方ヨリり来ル。亦楽シカラズヤ。
<< Gnomon君へ
君のブログ見ました。
いきなり
『日時計 みたいに… 暮らせたら…』の
エントリーの題に「月下美人をみてきました」
などとでてきたので、
はじめは「これは違うぞ」と思ったのですが、
アーカイブなどを見ていってようやく
「ああやっぱり彼か」と納得できました。
まだまだ知らない顔があるんだなと、妙に納得した次第です。
昨日は突然の連絡にもかかわらず、うまく会えてよかったですね。
おかげさまで、久しぶりに「ふるさと」に帰ってきたような、安らいだ気分になりました。
これまでの人生で、さまざまな出会いと人脈ができ、
それぞれに自分にとってかけがいのない財産ではあるものの、
私にとっては、やはり一番くつろげる「場」であると再確認しました。
よろしければ、またお会いしませんか? >>
先ほどメールが来ていた。上のはその一節だ。
読んでいて心がぬくもってくるのが分かる。
十数年会っていなかった。
近くにいても忙しかったり自分のことで精一杯だったり…
ふと思い出してくれて、電話をくれた。
高校以来の古い友人だからもう数十年の間柄。
変わっていない絆が話していて実感に変わっていく。
「戦友」というものがどういうものか分からないが、
その類のものだろうか。
今では三人の孫がいる「爺っちゃ」
奈良で落ち合って数時間。
時が豊穣な一夜だった。
奈良の共通の友人も加わって三人の噺は
歩いていても酒食の席でも切れ目がなかった(笑)
ここのところなんだか暗かった気持ちに
一条の光が差し込んできた。
「ぼくのほうこそ、会えて嬉しかった」
心からそう言っている自分がいたのだから
確かにぼくは動かされたのだと思う。
彼の乾いた明るい良く響く笑い声に。
高校生だった頃と変わらないその声に。
さあ、返事を書こう。
数少なくてもこのような朋友があることを
ぼくがもっともっと大事にしてこなければ
ならなかったのだ。
そのことに気づいたと、書こう。
ここ京都府南部の山の中の暗がりで
ひとつ点った灯りのように
今夜のぼくは単純に幸せなのです。
君のブログ見ました。
いきなり
『日時計 みたいに… 暮らせたら…』の
エントリーの題に「月下美人をみてきました」
などとでてきたので、
はじめは「これは違うぞ」と思ったのですが、
アーカイブなどを見ていってようやく
「ああやっぱり彼か」と納得できました。
まだまだ知らない顔があるんだなと、妙に納得した次第です。
昨日は突然の連絡にもかかわらず、うまく会えてよかったですね。
おかげさまで、久しぶりに「ふるさと」に帰ってきたような、安らいだ気分になりました。
これまでの人生で、さまざまな出会いと人脈ができ、
それぞれに自分にとってかけがいのない財産ではあるものの、
私にとっては、やはり一番くつろげる「場」であると再確認しました。
よろしければ、またお会いしませんか? >>
先ほどメールが来ていた。上のはその一節だ。
読んでいて心がぬくもってくるのが分かる。
十数年会っていなかった。
近くにいても忙しかったり自分のことで精一杯だったり…
ふと思い出してくれて、電話をくれた。
高校以来の古い友人だからもう数十年の間柄。
変わっていない絆が話していて実感に変わっていく。
「戦友」というものがどういうものか分からないが、
その類のものだろうか。
今では三人の孫がいる「爺っちゃ」
奈良で落ち合って数時間。
時が豊穣な一夜だった。
奈良の共通の友人も加わって三人の噺は
歩いていても酒食の席でも切れ目がなかった(笑)
ここのところなんだか暗かった気持ちに
一条の光が差し込んできた。
「ぼくのほうこそ、会えて嬉しかった」
心からそう言っている自分がいたのだから
確かにぼくは動かされたのだと思う。
彼の乾いた明るい良く響く笑い声に。
高校生だった頃と変わらないその声に。
さあ、返事を書こう。
数少なくてもこのような朋友があることを
ぼくがもっともっと大事にしてこなければ
ならなかったのだ。
そのことに気づいたと、書こう。
ここ京都府南部の山の中の暗がりで
ひとつ点った灯りのように
今夜のぼくは単純に幸せなのです。
2007年11月9日金曜日
月下美人を見てきました
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