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2011年5月15日日曜日

孫に飴を買ってやる詩

 
一銭    陸游

萬事紛紛不足論
滿庭枯草閉柴門
一錢留得終羞澀
持買餦餭引福孫


万事に紛々論ずるに足らず
庭に枯草満ち柴門を閉ざす
一銭留め得て終(つい)に羞渋(しゅうじゅう)
(じ)して餦餭(あめ)を買って福孫を引(いざな)


紛々というのは紛糾、紛争の紛だろう。紛乱だ。

些細なことが一杯。雑駁にある日々。
実態は貧乏なので忙しいのだ。
手入れも出来ない庭には

いつか雑草が茂り見苦しく枯れている。
こんな暮らしで訪ねて来る人のあてもない。

それを隠者風に柴門を閉ざすなんて言ってもみるが
実際は手元に今日残ったのは僅かな銭。
それでも、飴くらいは買えるぞと

孫を呼んで連れ立つとしよう。

こんな風に解釈できるように思うがどうか。
誘う(引う)をどう読むかだが、
飴を買ってきたので
「おいで、飴があるよ」と部屋へ孫を呼び入れるとも読める。
でもいっしょに買いにいこうと誘うほうが
いっそう楽しみはあるはずで
道連れの会話の楽しさは部屋でより多いと
陸游も感じただろうと勝手に決めて読んでみた。
 

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