2007年3月27日火曜日

庭にカマキリがいっぱい居て…

2006.10.29 14:28

毎年今頃になると庭にカマキリたちが姿を見せる。

産卵の前の何かの儀式?

背戸の板のうえとか、日当たりの良いところを選び、じっとしている。

今日は南側の縁側の網戸に二匹がじっとしている。

カマキリってカメレオンのように周囲の色に合わせて体色が変わるようだ。

アップで見るとやっぱり精悍な顔をしている。こっちに気付いて小さな警戒の目を向けているな。








かまきりの顔のアップ

でもこうして集まってきて、交尾して、無事産卵がスタンバイすると、
オスは食べられてしまうんだよねぇ。オスは哀れ。

新聞受けは坂の下

2006.10.26 13:48朝刊を取りに下へ降りる。30mくらいかな。
考えてみると不便と言えば常時も不便を感じてるわけだ。

でも、此処は標高200mほどの丘の上。周りは三方を杉や檜や椚木の林で囲まれて、google earthで見るとまるで山中の一軒家みたいにみえるところだから、仕方がない。

郵便屋さんはバイクだから一気に急坂を上がってきてくれるが、宅配さんはヒトによっては上がってきてくれない。怖いと言って。
無理もない。今年は一度滑って脱輪したもの。

女性の配達人は軽い荷物は手でもって上がってくる。重いときは上がってきて「取りに降りて」と言う。で、とことこ降りて取りに行く。

郵便局が集配を止めた。遠くからの配達になりサービスの行く末が心配だ。車でコンビニまで何キロも走るなんて年寄り達には無理。バスも来なくなる予定。小泉流政治は切り捨て政治だと、田舎暮らしからはそう見える。

そんなこんなで、毎日は不便。
でもそれも季節のある暮らしと一体のものなのだ。
そこにささやかな喜びもある。

今朝は傍らの茂みに白い色が散らばっているのに気付く。
あ、お茶の花。
茶の実もはじけそうに枝になっている。

足下に三つ葉がある。摘んで帰って汁に散らして香りを楽しんだ。

気持ちに余裕をもって暮らせば不便が不便でないようにもなる。

またムササビの季節?

2006.10.25 09:59






2階の寝室の壁あたりから、ごそごそと動く音がする。

どうやら何者かが入り込んだらしい。
天井裏の動きが伝って壁から聞こえるのだな。

たぶんムササビ。
あ、今ぎゃっと言うようなにゃっと言うような声がしたぞ。
TVや電話のコードなんか囓らないでくれよ。

ハクビシンかもしれない、この間軒下をそれらしいのがスーと通っていったから。イタチにしては大きいなと思い首のところが白かったように感じたから。

此処は人里だけど獣たちもいっしょに暮らしている感じだ。
害獣も人から見ての話で害を感じなければ隣獣とでも言って良いものたちだ。

昨年秋から春にかけ猿の集団に相当荒らされた。
屋根の上でまるで運動会やってるみたいな毎日。

この村は最後は空砲をうつ装置まで設置したが、あまり効果なし。
今年も柿が実り始めたし、数日前にとうとう出現した。

でもね、かわいい小猿と母猿なのだ。

芭蕉翁ではないが、小蓑を欲しそうな小猿に哀れを感じる。

被害がないならそっとしておいてあげたい気持ち。

少し悩ましい季節が始まった。

マイクロファイナンスと平和賞

2006.10.24 22:03
私は経済にとても疎いのですが、

貧困に喘ぐ諸国の発展にどんな仕組みが必要なんだろう?

と、いつも思っていましたので、
アメリカの研究者(女性)の書いた、(かなり分厚かった)

グラミン銀行の研究レポートを読んだことがあります。

あまり理解出来なかったのですが、

そのルールや実績には強い印象を与えられ、すこし興奮した記憶があります。

日本の頼母子講や信用金庫に似ているところもあります。

とりわけ、

地域で生きがんばる女性達への信頼と

国の未来への強い希望が胸を打ちました。

このような方法がどれだけ貧困克服に実際に役立っているのか、

天災や戦争やグローバル化が成果を一呑みにして台無しにしないか…

確信はありませんが、希望ではあります。

世界に広がり始めたグラミン銀行型や他のタイプのマイクロファイナンスが、

私たちのような名も無い市民の無数の預金にリンク出来れば、

素敵なことが起こるのじゃないかな。

経済音痴としてはそんなことを考えたりもします。

現実のグローバル資本主義の厳しさを知らないだけかもしれませんが…

カザニエ ( casanier? ) が好き

カザニエ、(あるいはカザニエーか?)という,フランス語らしき単語が純正の仏語かどうかは、知らない。確か堀田善衛氏の本で出会った言葉のように思うが、心に掛かって忘れられない言葉。
家居(カザニエ)。
自分がぼんやりと感じていたものを言い当てたことばだった。

 「ひきこもり」ということが言われ始めるずっと前のことだった。
 いまでは閉じこもる若者は「ヒキコモリ」と書くのかも知れないが。
 本当は引き籠もるとは、そうネガティブとは限らない行為、
 ではないかとも思うのだが。

 カザニエとは「家居」とか「隠居」と訳せるのだろうが、
 これらの日本語には特有の癖がありもうひとつ腑に落ちない。
 給料で暮らすのが普通の社会では、暇人、失業者、道楽など、
 ロクデナシのイメージに繋がっているようだ。

 括弧つきにして、家居(カザニエ)と書くと、
 なにか新しいライフスタイルみたいに見える。

 都会でも田舎でも、家居(カザニエ)の好さは、
 自分のペースで暮らすという事に尽きよう。

 だれにも気兼ねなく家で静かに暮らすことを、
 家居(カザニエ)とぼくは一人でそう決めて使っている。

 そういう目で眺めると、カザニエであるひとは、
 まわりにもいるものだ。 
 うらやむべき暮らしをしているかに見えるひとたち。

 世間から距離をとって、その限りでは「ひきこもり」して、
 自分の暮らしをもう一度自分の手に取り戻した人たちだ。

 問題はその「隠居暮らし」が、言葉どおりで、
 自己完結した遊興や趣味三昧で終わるのかどうかだ。

 確かに、趣味悠々…も悪くはない。
 でも、それは自分の世界ではないように思う。

 自分は世界の一部分であることから逃れようがない、
 ……静かに暮らしたいし、それを願うが、
 世界に餓えで苦しむ子供がいても
 我が暮らしのみ見つめて 充実した人生と、
 納得できるほどぼくの視野は狭くないみたいだ…

 でも、何が出来るというのか。
 そう思いながらも、 時だけが過ぎる日々であるのだけれど。

 一人居して静かであることは、
 自分を越えることにも顔を向けるためには、
 必要な条件であるのだ。

 家居(カザニエ)でおれる時を願うのは、
 自分にそれが要るからだ。
 …自分らしい自分を、いつも維持したいのだ。

 モンテーニュのように自分を種に人間を省察するより
 ネットで繋がり、自立した思考を確保しながら
 人間一般でない、生身の人類の一人、であることを実感したい。
 そう思う。

 気力や静謐は田園の暮らしで養いながら、
 参加者であり、俯瞰的観察者でもありたい。

 森陰の一軒家からネットに向けて綴るこの日記も
 その世界に開いた窓のつもりで続けている。
ミラノ 『三つの都市』より
2006.11.26 00:35

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


        ミラノ


 石と霧のあいだで、ぼくは

 休暇を楽しむ。大聖堂の

 広場に来てほっとする。星の

 かわりに

 夜ごと、ことばに灯がともる。


 生きることほど、

 人生の疲れを癒してくれるものは、ない。



           訳:須賀敦子 
           『ウンベルト・サバ詩集』みすず書房 



 ウンベルト・サバの詩集をベッドサイドに置き、気が向くと読んでいる。
 というより、サバの詩の日本語訳を通して今は亡き須賀敦子さんの文章を読んでいる、
 たぶんそうだ。

 『コルシア書店の仲間たち』という一冊が、ぼくに稀有な文体に出会う
 幸運を授けてくれたのだった。

 あまりに短い作家人生だった。
 普通の生活者である眼差しがそのまま深い人生への
 啓示的洞察になっているような文章。
 いや。もっと普通にフツーなひとの文章なのに、
 読んでいるうちになんだか大変静かで不動の場所へ導かれていく、
 そんな文体だった。

 いっぺんで好きになった。
 こんなことは過去一度だけしかない。
 その一度も文章に対してではなかった。
 そのひとも詩人で、あっという間に生涯を終えたが。

 本をゆっくり読む。落ち着いて、物として本を手でしっかり持って、
 読む。お茶を飲んだり、鼻を掻いたりしながら、
 生きている実感を触りながら本を読む、
 それが喜びなんだと、思い出させてくれたひと。須賀敦子さん。

 大作家には数えられないであろうひと。

 でも、この詩人が言うように、
 人生そのものほどに生きる疲れを癒してくれるものは、ほかにない。

 須賀敦子さんはそのようなことばで、本を書いたのだ。


 
 
 
ウンベルト・サバ詩集


ウンベルト・サバ詩集

 
  Amazaoの書評: ウンベルト・サバはイタリアを代表する詩人であるが、その名前や作品は広く一般には知られていない気がする。

 サバの生まれはイタリア東北部のトリエステという港町。昔の繁栄やオーストリア支配下の頃の栄華は既になく、本文の中のトリエステの街は、何処となく寂しい感じがぬぐえない。サバの詩もそれに添うように何処となく寂しさを感じさせるが、決して陰鬱ではなく、愛する人を謳ったもの、トリエステの街並みを謳ったものとさまざま。強風の吹くトリエステの街を、そこに暮らす人々を、サバの心象が言葉となって、美しく時にせつなく、たんたんと謳われてゆく。
 須賀敦子さんの訳もまた、この作品のよさを一層引き立たせている。
 拾い読みをしたり、何度も読み返したくなる詩集です。

2007年3月20日火曜日

Thai の PhiPhiだったかな。 見ていると癒されていきます…
デフォールトのサイズで (width="425" height="350")



平城宮址は公園状態になっていて、しかも発掘は続行中。
いまは大極殿を再現工事中。
Gnomonが通常利用のサイズ (width="255" height="210")0.6倍



遺跡の中で生活する…ローマ市民や奈良市民の自然さ。
若い人たちの肩の力を抜いた自然な練習風景…
画像が荒いときは小さくする(width="170" height="140")0.4倍

   もうじきに花が咲きます。
   わさび(山葵)です。裏の林の中にあります。
  

   刻んで葉わさびの醤油漬けにすると、ご飯がすすみますよ。
   辛味をどう引き立てるかが工夫のしどころらしい。
   でも、あまり上手にできないんですね。
  
   花は十字花植物(のハズ)だから、形がすっきりした白い花。
   王冠を捧げるように咲くので、ぼくはとても美しいと思っています。


   昔、京都の北山の渓流沿いに山深く分け入って
   ちょっとした陽だまりに光を受けてま白く山葵が咲いていた
   その白さに涙が出たことがありました。
   山奥で育った素朴な少女の風情がありますね。

  

2006年12月17日日曜日

クリスマスの宵にキリストを思いますか?

2006年12月17日(日)
ジョット筆「小鳥に語りかける聖フランチェスコ」

ぼくはキリスト教徒ではない。クリスマスはだからぼくにとって祝祭の日ではない。
今夕から神戸のルミナリエというライトアップとイルミネーションの行事が本番入りし、21日まで続き、それからすぐクリスマス・イブへと繋がっていく。耳にもうずいぶんとクリスマスソングが寄せてきている。街はなにか特別の雰囲気になっている。クリスマス商戦たけなわなのだ。


でも、クリスマスは心かき乱す想い出に充ちた時期でもある。何かが終わり何かが始まるとか、一夜で何かが変わるという期待と不安が訪れる時機のように思う。なにがそう思わせるのだろう。



ぼくの祖父母は教会に属する人であった。祖母の傍らにはいつも小さな小さな振仮名の打たれたテキスト、黒い本、新約聖書が置かれてあったし、眼鏡をかけて声をだして読んでいる姿がぼくの記憶に浮かんでくる祖母像になっているほど二人は真面目なクリスチャンであった。

だが、太平洋戦争の最終局で大阪を襲った空襲で祖父の店と同時に、彼らの心の支えであった教会も燃え上がり崩れ落ちた。だから戦後他の教会へ所属したがその教会も燃えてしまっていた。日曜学校といったものにぼくが縁がなかったのはそのせいだろう。


だが、イエスという存在が救い手、守り手として、人間の最後のところを支えてくれる力をもつ方というイメージは、何故かぼくにも手渡されている。

だから自分で聖書を読み始めたのは中学生になったころだった。
信仰心が芽生えたわけでもなかったようだが、

やさしい眼差しをもつ一人のひとを、ぼくは知ったと、そう思ったのだった。 

以来クリスマスはイエスを思う日になった。


1976年イタリアへ旅したとき、中部イタリアの中世都市アッシージを訪ねた。
聖フランチェスコ(サン・フランシスコ)の開いた修道会と教会がある町だ。
世界でもこれほど美しい景観をもつ教会は少ないだろう。
バチカンも負けている…そう感じたほど美しかった。


フランチェスコは小鳥にまで説教することが出来たと言われていて、初期ルネッサンスの偉大な画家ジョットの描いた絵が残っていた。

絵を見ていて霊感に打たれたように気付いた。イエスというひとは私たち東洋人も持ち合わせている自然との融和をもったひとでなかったかと。フランチェスコが清貧と孤独をもってイエスに近づこうとしてその願いを果たしたのは、東洋人の私たちにも分る選択のように思えたからだ。

 本当のことはぼくには分らない。が、最後にイエスがつぶやいたのは「我が身を委ねん」であった。創造主、天地と生けとし生けるものの父に同化しようという意思を口にしてイエスは死んだ。そこから逆にイエスの生誕の意義を問い返すことも出来るのではないか。


ぼくにとってはクリスマスは、このような問いとともに居る時間になっている。

クリスマス・イブはしかし、幼い人たちに混じって彼らの笑顔に日常に疲れた気持ちを紛らわす機会でもある。 さて今年は、どうなることか、計画では義理の姪の子供たちと過ごせる事になっているが…

何かがおこることも多いのが、ぼくのクリスマスなのだ。

2006年12月5日火曜日

 『雪そして独りの時間』 

2006/12/05



    『雪そして独りの時間』

             --老残抄のつもりで


  融けてしまったチーズの中に
  ぼくの 過ぎ去った恋がある

  拭き残しのある ガラス窓に
  ぼくの失った 想い出が 輝いている

  ぐつぐつ煮える ポトフの中で
  ぼくの指先が 湯気のむこう 揺らめいて

    - その指先で ぼくは 君の乳房にふれていた…
      夢見た地平線 君の白い腕が
      目覚めた ぼくの前に 長く延びていた -

  融けてしまったチーズの匂いが
  ぼくの落とした 卵形の時間

  枯れ草から 飛び出す 子雀の
  一打ちの羽音に
  去った恋  哀しみ そして 勇気が舞い上がる

  天からゆっくりと 雪が降り
  地上が せり上がっていく
  冬のま昼

  ぼくは 想い出をたどるように
  まどろむ 猫の背を 撫でている


                 2006/12/05