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万葉集原文
万葉集 読み
續日本紀
敦賀原発の海
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2011年8月4日木曜日
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三年 冬十月戊子朔丙申 遣蘇我馬子大臣於吉備国増益白猪屯倉与田部即以田部名籍授于白猪史胆津。 戊戌 詔船史王辰爾弟牛賜姓為津史。 遣蘇我馬子大臣 於吉備国 増益白猪屯倉与田部 即 以田部名籍 授于白猪史胆津。 蘇我馬子大臣を 吉備国に遣して 白猪屯倉と田部を 増益す。...
2011年7月18日月曜日
ジブリの新作アニメ 「コクリコ坂から」
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昭和レトロという言い方がすっかり当たり前になった現在の日本では 昭和38年(1963年)は歴史の中にぼんやり浮かんでいるわけですが、 私的には鮮烈な特別な年であった。 そのS38に時機を設定したアニメ「コクリコ坂から」が出来たというので ネット予約をして翌日のオープン...
2011年7月1日金曜日
近くの町、井手町議会は全会一致で「原発脱却」意見書を採択しました。
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井手町で「原発脱却」決議が全会一致で採択されました。 日本共産党の谷田議員が議会運営委員会で提案した内容をもとに 保守系の副議長が提案したものです。 原子力発電からの脱却を求める意見書 福島第一原子力発電所は、平成 23 年3月 11 日に発生した東日本大震災により、...
2011年6月26日日曜日
白村江敗戦の国難から平城京が出来た、だから日本人は偉い…という漫談。
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さきほどNHK日曜討論での五百旗部発言はあきれた。 白村江敗戦の国難から平城京が出来た (日米戦争の敗戦という国難から大発展したのと同じとおもっているのか?) という珍説をのべた。 国難というショックと危機意識が 国内対立を棚上げし 有無を言わさない大開発を可能に...
2011年6月23日木曜日
辛酉。 陪從せる仕丁仕女已上及び僧都已下に綿を賜うこと差有り。
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巻卅 神護景雲三年(七六九)十月廿七日 辛酉 賜陪從仕丁仕女已上及僧都已下綿有差 巻の卅 神護景雲三年(七六九)十月廿七日 辛酉。 陪從せる仕丁・仕女已上、及び僧都已下に綿を賜うこと 差有り。 十月己酉《十五》◆己酉。車駕幸飽浪宮。 十月辛亥《十七》◆辛亥。進幸由...
この放送、団塊世代にはイイかも
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音楽が世界を動かす ロック、フォーク、リズムアンドブルース、 レゲエ、ラップ、ジャズ・・・。音楽が人びとの心に訴えかける力とそこにこめられたメッセージは時代を動かし、社会の変革に大きな役割を担ってきました。音楽は人びとの思考にインスピレーションを与え、精神を高揚させ、多く...
2011年6月20日月曜日
甲辰奉幣帛于住吉社
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巻三 慶雲元年(704年)七月廿一日 甲辰。 奉幣帛于住吉社。 巻の三、慶雲元年(704年)七月廿一日 甲辰(きのえたつ、こうしん) 住吉社に幣帛を奉ず。 〇 これだけではその意味は判らない。 手がかりは月日だが… この年の春は旱魃で雨が降っていないので、諸社に遣使して幣帛を...
辛亥車駕幸平城宮
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巻四 和銅二年八月 辛亥。車駕幸平城宮。免從駕京畿兵衛戸雜徭。 巻の四 和銅二年(709年)八月廿八日 辛亥(かのと い、しんがい) 車駕、平城宮に幸す。駕に從える京畿の兵衛は(その)戸の雜徭を免ず。 阿閉皇女が即位してなった元明天皇の行動記録である。 車駕は天皇のことを指...
戊寅山背國相樂郡狛部宿祢奈賣一産三男
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巻五 和銅四年(七一一)七月五日 戊寅 山背國相樂郡狛部宿祢奈賣一産三男。 賜絁二疋。綿二屯。布四端。稻二百束。乳母一人。 巻の五 和銅四年(771年)七月五日 戊寅(つちのえとら、ぼいん) 山背國の相樂(さがらか)郡の狛部宿祢(こまべのすくね)奈賣(奈売:なめ)が一(度)...
行視畿内陂池堰堤溝洫之所宜
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巻廿三 天平宝字五年(七六一)五月 丙午 使散位外從五位下物部山背。正六位下曰佐若麻呂。行視畿内陂池堰堤溝洫之所宜。 巻の廿三 天平宝字五年(761年)五月廿三日 丙午(ひのえうま) 散位外從五位下の物部山背(もののべのやましろ)、正六位下の曰佐若麻呂(おさのわかまろ)を使...
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