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万葉集原文
万葉集 読み
續日本紀
敦賀原発の海
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2011年6月26日日曜日
白村江敗戦の国難から平城京が出来た、だから日本人は偉い…という漫談。
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さきほどNHK日曜討論での五百旗部発言はあきれた。 白村江敗戦の国難から平城京が出来た (日米戦争の敗戦という国難から大発展したのと同じとおもっているのか?) という珍説をのべた。 国難というショックと危機意識が 国内対立を棚上げし 有無を言わさない大開発を可能に...
2011年6月23日木曜日
辛酉。 陪從せる仕丁仕女已上及び僧都已下に綿を賜うこと差有り。
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巻卅 神護景雲三年(七六九)十月廿七日 辛酉 賜陪從仕丁仕女已上及僧都已下綿有差 巻の卅 神護景雲三年(七六九)十月廿七日 辛酉。 陪從せる仕丁・仕女已上、及び僧都已下に綿を賜うこと 差有り。 十月己酉《十五》◆己酉。車駕幸飽浪宮。 十月辛亥《十七》◆辛亥。進幸由...
この放送、団塊世代にはイイかも
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音楽が世界を動かす ロック、フォーク、リズムアンドブルース、 レゲエ、ラップ、ジャズ・・・。音楽が人びとの心に訴えかける力とそこにこめられたメッセージは時代を動かし、社会の変革に大きな役割を担ってきました。音楽は人びとの思考にインスピレーションを与え、精神を高揚させ、多く...
2011年6月20日月曜日
甲辰奉幣帛于住吉社
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巻三 慶雲元年(704年)七月廿一日 甲辰。 奉幣帛于住吉社。 巻の三、慶雲元年(704年)七月廿一日 甲辰(きのえたつ、こうしん) 住吉社に幣帛を奉ず。 〇 これだけではその意味は判らない。 手がかりは月日だが… この年の春は旱魃で雨が降っていないので、諸社に遣使して幣帛を...
辛亥車駕幸平城宮
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巻四 和銅二年八月 辛亥。車駕幸平城宮。免從駕京畿兵衛戸雜徭。 巻の四 和銅二年(709年)八月廿八日 辛亥(かのと い、しんがい) 車駕、平城宮に幸す。駕に從える京畿の兵衛は(その)戸の雜徭を免ず。 阿閉皇女が即位してなった元明天皇の行動記録である。 車駕は天皇のことを指...
戊寅山背國相樂郡狛部宿祢奈賣一産三男
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巻五 和銅四年(七一一)七月五日 戊寅 山背國相樂郡狛部宿祢奈賣一産三男。 賜絁二疋。綿二屯。布四端。稻二百束。乳母一人。 巻の五 和銅四年(771年)七月五日 戊寅(つちのえとら、ぼいん) 山背國の相樂(さがらか)郡の狛部宿祢(こまべのすくね)奈賣(奈売:なめ)が一(度)...
行視畿内陂池堰堤溝洫之所宜
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巻廿三 天平宝字五年(七六一)五月 丙午 使散位外從五位下物部山背。正六位下曰佐若麻呂。行視畿内陂池堰堤溝洫之所宜。 巻の廿三 天平宝字五年(761年)五月廿三日 丙午(ひのえうま) 散位外從五位下の物部山背(もののべのやましろ)、正六位下の曰佐若麻呂(おさのわかまろ)を使...
2011年6月19日日曜日
九月辛巳授正六位上後部高笠麻呂外從五位下
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古き京で拾った恋は 「続日本紀を読む心」 『続日本紀』巻廿 天平宝字元年(七五七)九月六日 辛巳《丙子朔六》 九月辛巳。授正六位上後部高笠麻呂外從五位下。 九月辛巳(六日)。 正六位上の後部の高笠麻呂に従五位下を授く。 本人は優秀な金工(金属工芸家)であった。 ≪<...
2011年6月18日土曜日
洛陽道 儲光羲
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大道直如髪 大道 直きこと髪の如く 春日佳氣多 春日 佳気多し 五陵貴公子 五陵の貴公子 雙雙嗚玉珂 双双 玉珂を鳴らす 洛陽道は都洛陽の大通り。真っ直ぐ長い髪のように伸びている。 春日(なぜか私の得たテキストでは春来とある)は佳気多し、とは 春...
2011年6月6日月曜日
ピノチェットはパブロ・ネルーダを毒殺したのか? 証言が出始めた
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最近の新聞報道で詩人パブロ・ネルーダの死が毒殺であったという疑いが濃いことが当時の関係者の証言などから明らかになり始めた。 赤旗新聞 時事ドットコム スポニチ 合法的に選挙で誕生した南米初の社会主義政権、アジェンデ大統領の政府はピノチェットを頭目とするファシスト...
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